増村保造監督版、樋口可南子主演版など過去に何度も映像化されてきた谷崎潤一郎の「卍」。今回白羽の矢が立ったのは『恋する幼虫』などでカルト的な人気を誇る井口昇監督だ。女子の描き方には定評がある井口監督だけに、究極のガーリー・ムービーとしての『卍』が出来あがった。
特に増村版との比較を覚悟していたという井口監督は、今回新たにやる意義を考えたと言う。「ひとつはキャスティングを全体に若返らせること、もうひとつは原作の持つおかしさを一種のコメディにできないだろうかということでした。どこかで軽さのある『卍』にしたかったので、フレッシュさを出せるよう意識しました」。
その鍵となったのが女性二人のキャスティングで、ともすれば昼ドラのようになりがちな話にキュートなしとやかさを添える。園子役は写真家・荒木経惟の被写体としても有名な秋桜子、光子役は『東京大学物語』にも出演している不二子がそれぞれ演じているが、実はクランクイン一週間前まで決まらず「悶絶していた(井口監督)」そうだ。「会ってみたらあの二人が一番よくて、結果としてもガーリーな感じになりました。ドタバタした描写はあるけれど原作の上品さは残しておきたかったんです」。
原作の面白さを残しながら井口監督ならではのエッセンスを注入した井口版『卍』は敢えて明確な時代設定をしていない。「条件としては、大阪の話にしたい、携帯電話を出したくない、というふたつがありました。現代にするとどうしても携帯電話を出してしまうし、そうすると物語が成立しなくなってしまう。かといって原作が書かれた昭和8年当時の話にしちゃうとあまりに時代劇になりすぎてしまうので、中間をとって僕が生まれた年ぐらい(昭和46年)にしたんです。不二子さんの大きなサングラスとか、荒川(良々)君の髪型はそういう設定だからであって、ギャグのためにしてるわけではないんです(笑)」。実は下着が現代風なのだが、「リアルでいくか、キャラクターに合わせるか。今回はあの二人のセクシーさにノックアウトされてそれを強調するほうに行ってしまいましたね(笑)」とのことなので女性はぜひ注目して欲しい。
谷崎潤一郎はこの原作を、大阪弁のリズムを小説でやりたくて書いたという。だが今回の出演陣の中にはひとりも関西人がいない。「原作を読み直すとやっぱりリズム感がすごくいいので映画化するときも大阪弁は外せないなと。役者さんが困っててもこれは関西弁でやるべきだと思ったし、実は谷崎さんも東京出身の方なので、大阪の方が読むとけっこうでたらめらしいんですよ。だからリズムさえ気持ちよければぶち壊れた関西弁でもいいじゃないかと開き直りましたけどね」。
二人の女性のパワーバランスが頻繁に入れかわる危うさは、映像になるとより楽しめる。「光子と園子が並んでいるときは同等ですし、三角関係になると光子が見下ろしていたりする。目線の位置が違うことによって今置かれている状況が変わるんですね。特にこの話は立場がころころ変わって何を信じていいかわからない。位置関係や視線や表情、言葉の使い方…特に光子がポイントですね。光子によってそれぞれの立場が変わっていくので」。ちなみにアドリブゼロという二人のラブシーンは「ワンカットワンカット僕の細かい指示と意向が行き届いています!単純にラブシーンというだけではなく、ドラマに即したものにしたかった。同じ場所での行為が3回出てくるんですが、それぞれ意味合いが変わってくるようには注意しましたね」。
もちろん顔の湿疹や口の中をのぞく(!)…といった井口映画に欠かせない要素も健在だ。「書いてて楽しいことを書いていくとああなってしまうんですよね。夫が園子に光子と会っていいよと許可するにはどうしたらいいか…湿疹になって迫ってきたら許すしかないだろうと」。そのテイストは初の長編作『クルシメさん』から一環しており、井口映画の代名詞ともなっている。だが、実は毎回「今回こそは違うことをやるぞと思って始めるが、結果として同じになってしまう」のだそうだ。「同じことが好きなだけなんですよね。逆にそれを駄目だって言われたらどうしようと思っちゃうんですけど」。
そのサービス精神あふれる演出は希代のエンターテイナーでもある。「シリアスなシーンが10分続くと耐えられないんですよ。他の人の映画を観てても“このときヒロインがこういうことしたら面白いだろうなあ”とかそんなことばっかり思っちゃうんですよね」。その笑いの感覚は、井口監督とも交遊の深い松尾スズキ氏(大人計画)にも通じるものがある。「松尾さんは近いですね。松尾さんは貧乏とかダサいということをすごく嫌うんですけど、松尾さんの面白いときってだいたい貧乏ネタかダサいネタなんです。根っこはそこなんですよね。僕もそうなんで、今回だとほうれん草ごはんを踏んづけたり…」というシーンの面白さは、気がつくと巻き込まれてしまっているような一種奇妙な味わいがある。
こんなにも笑いにこだわる井口監督だが、意外なことにバラエティなどはほとんど見ないそうだ。「昔からお笑いに関しては本当に疎いんですよ…誰が流行っているとか全然わからなくて、周りの中で一番疎いと思います」。そんな井口監督の笑いの原点は実写版の『ドカベン』だという。「今回は撮る前に増村(保造)さんの『卍』と『ドカベン』を観ました。僕の好きなものが詰まっているんで、迷ったり悩んだりするとビデオで借りてきてみたりするんですよ。間抜けな描写が好きなんですよね、間抜けなことが一番面白いと思っているので」。
増村版で川津祐介が演じた綿貫役は、大人計画所属の個性派俳優・荒川良々が演じる。配役の中で彼だけはあて書きだったという。「荒川君の芝居に関してはアドリブ一切ないですからね、微妙な唇を噛みしめる間とかコロッケの食べる口の間合いまで細かく演出します。荒川さんて実は芝居が結構うまくてシリアスな芝居もできる人なんです。でもそれがあの容貌とかキャラクターで見えなくなってるんですよね。そこが荒川さんのいいところでもあり、損をしているところもあると思いますが」。ほかにも井口監督がファンだったという野村宏伸らが脇を固める。「僕が高校生ぐらいで映画を一番観始めたときに角川映画の中心にいてスターだった方なので、一緒にお仕事できてすごく光栄でしたし正直緊張しましたね。品があって出しゃばらないし、この方はすごく上手いなあと改めて思いましたね」。
「女性が困ったり恥じらったりする顔にチャーミングさを感じる」という井口監督。そんな瞬間をフェティッシュにとらえた本作は、ファッションや便箋などの小道具にもポップなエッセンスが詰まっていて女性心をくすぐる。「女性が観てすかっとするような、わりと痛快な作品になっているんじゃないかと思います。女性同士できゃあきゃあ言いながら観られる文芸ロマンですので、ぜひユーロスペースでお会いしたいなと思います」という井口監督。劇場へ足を運び、周りの人の笑いのポイントを感じながら観るのがおすすめだ。
『卍』
監督:井口昇
原作:谷崎潤一郎
出演:秋桜子、不二子、荒川良々、吉村実子、野村宏伸
配給:アートポート
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