“刺青”をモチーフに、彫る側と彫られる側に立つ男女の力関係の逆転を描いた谷崎潤一郎の小説『刺青』。過去に増村保造や曾根中生により映画化されてきたこの原作が、今回新たに『乱歩地獄』で江戸川乱歩の「芋虫」を映像化した佐藤寿保監督によってよみがえった。本作で狂気にとりつかれた彫師・精像役の弓削智久さんにお話をうかがった。
弓削さんと言えば「仮面ライダー龍騎」の由良吾郎役のクールでニヒルなイメージが強いが、本作では刺青という芸術にとりつかれた彫師の役に挑戦している。特殊な設定のキャラクターだが、「ジャンル的には非常にやりやすかったです。僕自身にもはまり出すと家から一歩も出なかったり、暗い部分があるのでそこを膨らませていきました」と語る。役づくりにあたっては「まずはあまり健康的に見えないようにしました。密室にこもって太陽の光もあまり浴びていないだろうと思いましたし、撮影現場も地下3階で同じようなところだったのでちょうどよかったです。あとは途中から髭を伸ばしっぱなしにしたり…」。
物語は相手役の吉井怜さんと二人きりの世界で繰り広げられる。以前に全身刺青の青年を演じたことがある弓削さんだが、今回は刺青を彫る側の役だ。「刺青の演技指導は、撮影の3時間ぐらい前に先生が来て、撮影が始まるまでずっと彫り続けてました。人間の肌に一番近いとされる枕を使って練習したんですけど、彫物師の先生にはかなり筋がいいと言われました。そんなに練習する役者は見たことがなかったそうで、まさに何かに取り憑かれているみたいだとも言われたんですが、ほめられたら気分もよくなって本番ではいい感じで演じられました」。
弓削さんの演じた“精像”は、感情を抑えているからこそ滲み出る禍々しさが際だっている。この静かな狂気は新しい解釈とも言える。「途中で感情を爆発させる芝居を何回かやったんですけど、感情を出さないほうがいいということは3回ぐらい言われました。だからもう怒る気力すらないほど絶望している男なんだなと意識して演じましたね。監督は調子が乗ってくるとバンダナを巻き出したりして、本当の“映画人”という感じでした。今まで会った監督の中でも一番気合いがある人で、役者はこうやって鍛えられていくんだろうなと。カットのかけ声でいいときと駄目なときがすぐわかるんですよ。駄目なときは小さい声の「…カット」なんだけど、「カット!」って言われると“今のよかったんだ!”ってわかるんです。どこがよかったのかは自分ではよくわからなかったりするんですけど(笑)」。
佐藤版の「刺青」は、谷崎ならでは耽美的な艶を残しつつも、サイバーなエッセンスの入ったかなり独特の映像に仕上がっている。「出来上がったものを観たときはびっくりしました、こんなふうに撮られてたんだと。現場でも、佐藤監督は画のイメージが明確にあるんだなと感じました。ただ、感情がないなりにももっと変化をつけられればよかったなとは思いました。あと、もう少し“二人”ということを意識して演じるべきだったという反省はありました」。
弓削さんにとって本作の撮影は「自分の演技プランと全く逆のものを提示してくれる監督との仕事」ということで勉強になったと言う。「今回は、自分がいいと思ったものが必ずしもいいものではないということがわかったんですよね。今までは自分がいいと思ったものがいいと思いこんでいたんですけど、そうではないんだと」。
「自分の想像の中にある映像と本当に映っているものとの差がだんだん縮まっていけばいいなと思うんです。今はまだかなり差があって、自分で見てびっくりする芝居もあるし、駄目な芝居もある。今回も自分ではもっと感情の変化をつけて演じたつもりだったけど、他人にはあまり伝わらない芝居だったというのもあってすごく悔しかった。だから、それ(理想と現実)が完全に一致したときはどうなるのかすごく楽しみです」。
役者という仕事が年々魅力的になってくるという弓削さん。「人生を反映できる職業はそうあるものではないし、平凡な人生より波瀾万丈な人生を送ってる人のほうが絶対にいい芝居ができる。あと、レンタルビデオショップに行って自分の作品が並んでいるのを見るのは気分がいいです。最近ちょっと増えたんですよ、自分の出演作が。それが借りられていたりすると“あ、これを借りた人は俺の芝居を見ているはずだ”と思えるのが面白い。だから映画はやっぱり好きですね。演技の技術は大切だけれどそこにとらわれない役者になりたいなと…『刺青−SI-SEI−』を観ていて思いました(笑)」。
原作を読んで「これをどう映画化するんだろうと思った」という弓削さんは、この映画を谷崎ファンじゃない人に観て欲しいと言う。「(今までとは違う)新しいものを作ったという気持ちがあるので、新しいものを観たい人にはおすすめです。上映中の72分間は不思議なことの連続なので、一人で不思議な気持ちになりたい人はぜひ足を運んでもらいたいです」。佐藤監督に「俳優として一皮むけた」と言わしめた弓削さんの静の魅力は劇場の大スクリーンでこそ映えるに違いない。