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白帯ちゃん:大観役の中達也先生は中学で空手を始められたそうですが、八木先生も子供の頃(なんと3歳から!)に空手を始められたんですよね?

八木先生:そうです。小学校卒業くらいまでは祖父(八木明徳)から指導を受けていたんですが、指導は・・・厳しかったですね。練習が終わると正座をして祖父の話を聞くんですが、そのときは正直、練習が終わってラッキーと思っていました(笑)。そのぐらい嫌だったんですよ。
白帯ちゃん:そ、そうなんですか(笑)!?では、そんなに嫌だった空手に目覚めたのはいつごろだったんでしょう?

八木先生:高校のときに空手部のキャプテンになってからですね。そのときに「強くなろう」「一番になろう」という思いが芽生えました。「どっちみちやらなきゃいけないんでしょ?」という気持ちもあったんですけど(笑)。高校時代は血の気も多くて、試合で相手が倒れると「イエイ!」と思ったりして(笑)。
そのくらい鍛えていましたし「俺は強いんだ」と思っていた時期はありました。それから、これはスポーツ全体にも言えることだと思うんですが、逆に倒されたときは悔しくて「頑張ろう!」という気持ちになりましたね。
僕の場合は、(沖縄明武舘剛柔流空手の継承者ということで)小さい頃から空手をやらされている感はありましたけれど、高校生になってから「先生の息子だから大変だ」と思われたくないし、人一倍頑張らないといけないなというふうに、気持ちが変わっていきましたね。
白帯ちゃん:継承者であるというプレッシャーはありませんでしたか?
八木先生:空手の家に生まれたからには、仕方がないと思っていましたね。だからもし親父がラーメン屋だったら、僕もきっと今頃ラーメン屋をやってると思いますよ(笑)。
プレッシャーよりも、空手をやっていて良かったと思うことのほうが多いですね。子供の頃は特にどんな小さな大会でも、優勝したりすると嬉しいじゃないですか。勝つためだけに空手をやっているわけではないけれど、やっぱり勝つと嬉しいものですよ。
「黒帯」という空手映画に出られたことが、実は空手をやっていて一番嬉しかったことかもしれない(笑)。まさか、映画に出られるなんて思わないで練習していましたから。自分たちのやってきたことが、こうして映画になって人々に伝わったら嬉しいですよね。
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