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2007.01

バブルエピソード第1弾!

バブルブログをごらんのみなさま、こんにちは★
『あなたのバブル度チェック&バブルエピソード』に、バブルエピソードが
続々と集まってきております!
投稿してくれたみなさま、ありがとうございます!!

やはり、バブル時代をブイブイ生きてきた人々の
生の声は違いますね・・というわけで今日は
バブル時代を満喫してきたエピソードをご紹介!

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KAPPAさん(38歳)
今の学生さんには申し訳ありませんが、バブルの当時は、星の数程の就職先がありまして、どの会社も「ヒトだったらなんでもいい!」という感じで、就職説明会の2次がディズニーランドにご招待!!といった今考えるとトンデモナイ時代でした。ちゃっかり旅行させていただきました。

そんなこんなで、何となく大きな会社に入社しまって数十年、今度は私が入社の面接官を・・・
どの学生さんも「生きるか死ぬか」真剣勝負の面接で圧倒されそうでツライです。いまなら私は絶対受かってないんだろうなと思いつつ非情になるのがホントツライです。

今就職活動している皆さんへ、あんたたちはエライ!!私達の世代より就職先について勉強している。頑張っている!!
超氷河期を乗り越えられたあなたたちが、会社を取り仕切る時期が来た時、再び日本にバブルの春がやってくることを願ってやみません。

まき42さん(42歳)

 バブル最高潮の頃、六本木には自慢の「白のBMW320の2ドアセダン」で出かけ、交差点近くの駐車場に止め夜遊び三昧。ディスコで「VIPルームとBMで海までドライブ」ネタに女性をGET、夜も更け、タクシー待ちの連中の横をすり抜け駐車場へところが、「日本中の白のBMW320が此処に集合か」と思えるほどの「正に、六本木にカローラ状態!」一発で自分の車が見つけられず、気まずい思いをしました。

 そんな事があった為、早々にベンツに乗り換えたらまたも同様な状態。今度はマセラティにしたら首都高速追い越し車線で故障にてストップし女の子と非常階段を降りた事がありました。女の子とは当然それまで!
それでも翌日には、またBMWを買いに行ってました。
なんて馬鹿な時代だったのでしょうか。
 あの頃を知ってる者は、きっとまたあんな時代が来ると思ってますよ〜。

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いや〜さすがですね。
今ではありえない光景ですね(笑)。

まだまだ、バブルエピソード&バブルを体験していない人からのメッセージも
募集してます!!ご応募お待ちしてます!!!

応募は映画『バブルへGO!!タイムマシンはドラム式』公式サイトから!!


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コメント

  • 私が短大生だったあの頃、そう、お財布を持たなくても ご飯もクラブも、タクシー代も、誰かしらが当然のように こちらが何も言わなくても出してくれてたなあ。 三流短大でしたが就職率95%くらいだったと思います。 私はと言えば、成績はどん底だったにしろ、大学からは あふれんばかりの就職先候補を持ってこられました。 一流商社の一般職などはいくらでもあった時代。しかし 当時世の中なめきってた私は「OL?ふつうっぽくてイヤ」 の一言で終わり。結局3月に入って「どっか就職しなさい!!」 という言葉で、仕方ないとパラパラめくって受けたのが コピーライターの事務所。しかも社長ともう一人、という小さな 会社。しかし、大変な賞を取ってた人で、そこでしごかれた私は 優等生ではないが、一生の仕事を得ることができた。 時代は変わる!あの頃大手商社に入った子は、会社が倒産して 転職を続けてる。先のことは誰もわからないですね。

    Posted by koko(37歳) at 2007年02月01日 21:58

  • バブル時代、片田舎の高校生だった私は、両親の尋常じゃない忙しさが記憶に残っています。 隔週土曜の休みはおろか、日曜日も出勤でした。 ジュリ扇は「大中」で購入していました。 小さくて童顔で小学生にしか見えなかった私は、友達と一緒にディスコに入ることは出来なかったけれど。 土曜日はケープを片手に三つ編みをきつく結わえて、授業が終わったら一気に外す。はい、貧ソバ(貧乏ソバージュの略)完成。校門を出て、路地に横付けされているアッシーのBMWに乗り、行きつけのホテル(ラブホにあらず)でプライベートレーベルの可愛ゴーなワンピとヒールに着替えてイベントへ。 化粧品もすべて男子が用意&預かり、家では優等生。 バカだったな〜と思いつつ、またやってみたいとも思います。

    Posted by みるくまま at 2007年02月09日 23:27

  • バブルの時代、東京で就職情報誌の編集の仕事をしていましたが、徹夜の連続の日々で会社に泊まり込んでいました。明け方仕事終わって飲みに行って、仮眠をとってまた仕事。編集の仕事は今の時代も過酷ですが、あの時代は、若さもあったし、何よりも“ノリ”で乗り切っていた部分が大きいです。「最近、寝てないよ」っていうのが口癖だったように思えます。ソフト開発をやってた友達も何日も家に帰ってなかったようです。それでも遊びには精力的でした。その割には当時、お金なかったし、バブルが終わって仕事もなくなりました。

    Posted by Mr.DeruAna at 2007年02月21日 20:28

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