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June 24, 2005
『行け、生きろ、生まれ変われ』舞台挨拶

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::ラデュ・ミヘイレアニュ監督(左)とシラク・M・サバハ(右)

生きるために実母と別れ、ユダヤ教徒になりすましたエチオピア人の少年の成長を描いた『行け、生きろ、生まれ変われ』(原題『Va, vis et deviens』)。ベルリン国際映画祭にも出品された本作が日本で正式に上映されるのはこの映画祭が初めてである。ひとりの人間の人生を子供時代から青年時代までじっくりと見つめた贅沢な作品で、主人公のシュロモ役は、子供時代・少年時代・青年時代をそれぞれ別の3人の役者が演じている。今回は青年時代のシュロモを演じたシラク・M・サバハが来日し、監督のラデュ・ミヘイレアニュと共に上映前に舞台挨拶を行った。

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::(左)ラデュ・ミヘイレアニュ監督
(右)プロデューサーのマリー・モスマンテイユ

カメラ持参で舞台に上がった監督は自らもこの光景を写真におさめながら、「上映中に携帯電話が鳴らないように!」とユーモアたっぷりに客席に呼びかけた。日本人には馴染みの薄い宗教的なテーマを扱った作品だが、監督によると「フランス人にとっても(あまり知られていないので)遠いテーマのように思えるだろう」という。しかし複雑な背景を知らなくてもこの映画にこめられた思いを感じることはできる。監督の言葉を借りれば本作は「母親が愛する子供を救うという普遍的な話」なのだ。

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::通訳に耳を傾けるシラク・M・サバハ

エンドロールが流れると会場は拍手に包まれた。上映終了後、再び登壇した監督とシラク、プロデューサーが客席からの質問に答えた。

映画の中ではフランス語・ヘブライ語・アマハラ語(エチオピア)の3ヶ国語が使われているが、フランス公開時はヘブライ語とアマハラ語のふたつの字幕がついた形で上映されたそうだ。メキシコの映画祭で監督と出会ったというプロデューサーのマリーは「フランス人は戦争に罪を感じているのでこの映画を作ることができて嬉しい」と述べた。シュロモを引き取る母親役のヤエル・アベカシスはもともとプロデューサーの友人であり、ラディ監督が彼女に恋をしたからこの映画ができたというエピソードも飛び出した。

また、撮影中に出会ったエチオピアの子供たちについては「みんなとても元気で、特に小さいシュロモはエネルギーにあふれていました。すぐにどこかへ行ってしまうので速く撮影しなくてはなりませんでした。受け入れてくれる家族さえいれば夏休みに来日させますよ!」とラディ監督。

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::オープニング・セレモニーでも客席にカメラを向けていた監督

「これは世界で初めて“ユダヤ人であること”によって人が救われる話です」という監督に言葉に改めて作り手たちの叫びと問題の根の深さが浮き彫りになる。エチオピアからイスラエルへと移住するシュロモのエピソードは演じたシラク自身の体験とも重なる。簡単に理解できることではないが、シュロモが本来の自分と偽りの身分との狭間で葛藤しながらも成長していく様は人種や国籍に関わらず誰でも一度は経験のあることだろう。劇場公開時にはぜひ一見し、考え、語り合ってみて欲しい。

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