
前回は水天宮のオフィスで観たワールドカップ。今回は弊社ダイニングで100人近い方々と盛り上がりながら、全試合観戦した。ダイニングにとっては、ワールドカップを意識した設計をしたことをリアルにシミュレーションする結果となったし、私にとっては水天宮のオフィスで観たシーンがデジャブ的にフラッシュバックしながら、今観ている大きなスクリーンにレイヤーとして投影されてその違いを感じるのだった。
遠い昔、そう小学生時代、私はオーストラリアでサッカーを習っていた。3年間という時間ながらとても楽しい一時だった。温暖な気候は芝生を枯らすことを忘れて、青々とした芝生にごろんと寝っ転がってクッカバラとレインボーの鳴き声をベースに、メロディーをくちずさんだものだ。
そのオーストラリアに初戦で負ける。
クロアチア・・・、そしてブラジル。
盛り上がった分だけ、残念な気持が強い。前回、前々回と伸びてきた日本サッカーという印象が崩れたのも確かだった。個人の自由を尊重する監督のもと、個人技がチームを牽引出来なかったことにも繋がった。
オーストラリアはとても自由な国だ。サッカーとともに、競泳もしていたのだが、その練習は楽しい。サッカーは最後に集合体としてのミニゲームで終わり、競泳は個人競技にも関わらずフリーかメドレーのリレーで終わる。練習終了後は、勝利という名の喜び、負けたことに対する悔しさ・・・どちらにしても、必ず「達成感」があった。個人の自由を尊重しつつも、最後は必ず集合体での力がどれだけ出せるか?を確実に教える。
今回のワールドカップはオーストラリアに負けたことが、この流れをつくったのではないか?と思う。サッカーのみならず、今の日本に必要なのは個人の自由を尊重して、個人の力を過信するだけではなく、個人の力が弱いということに基づいて、集合体の力に変えていく考え方だと思う。
もう一度、個人は弱いんだ!という「性弱説」をもう一度意識して、集合体としてのサッカーを観たいと思う。
サッカーのみならず、「性弱説」を意識したリーダーシップはとても大切だなと思った。そんな色々なことを考えた二週間だった。でも、本当に楽しい時間だったと思う。日本代表の皆さん、お疲れ様でした!是非4年後に繋げてもらえればと思います。